ラティリカ

全てを知るもの

 「ねぇ、ディオス!聞いているの?」
 先ほどから何度呼びかけても、まったく反応を返してこないディオスの耳元で、私は大きな声で叫んだ。
「……うるさい。聞こえている」
 彼は片耳を押さえ、迷惑そうな表情を見せた。
「聞こえているなら、返事くらいしなさいよ」
「さあて……」

 ディオスは言葉少なに、まるで私の方が悪いと言わんばかりに、憎々し気に見つめている。
 今日のディオスはなぜだか不機嫌だった。
 いや、正確には今日の各国の王子たちとの懇談会が行われた後ぐらいだろうか?
 朝、挨拶した時には、普通と変わらぬ様子だったはずだ。

(私がなにか、やらかした?)
 しばらく振り返ってみたが、思い当たる節がない。
 昼食を兼ねた懇談会は、実に和やかに終了したはずだ。
(それとも、別のなにか?)
 たとえ、他に彼の不機嫌な理由があったとしても、話してくれないことには対処しようがない。

「なにがそんなに気に入らないのよ。私に不満があるなら、はっきりとそう言って!」

 直球勝負……。

 それが王族の一員として褒められた手段でないことくらい重々承知だが、
他の王族のような回りくどい聞き方を良しとするやり方を、私はしたくない。

「お前は、どうしていつも……」
「いつも、なによ?」
真っ直ぐに見つめ返すと、彼は私から目を逸らす。
「…………。いい……。どうせお前には分からない」
 ディオスはそう勝手に決め付けると、ハァッと大きな溜息を吐く。

「私に分かるかどうか、聞いてみないと分からないでしょ!
どうしてあなたは昔からそう、なんでも直ぐに決め付けるのよ」

 彼の態度に、思わず私は叫んでいた。
 彼のことが嫌いなわけじゃない……。
 ただ、会うとこうして直ぐに喧嘩になる。

「そう言うお前だって、昔から変わらないな。お前はすぐに感情のままに、何でも知りたがる……」
「分からないことを知りたいと思ってなにが悪いのよ」

 知りたいと思ったら、多少無茶なことでも実行に移してきた。
 森になっているという野苺を食べてみたくて、内緒でお城を抜け出してみたり、
閲覧不可な図書室の本を、勝手に持ち出したこともあった……。
(昔のディオスなら、文句を言っても付き合ってくれてたのに……)

 王族の一員となってから、彼の態度は一変してしまった。
 幼馴染の悪友である前に、一国の王子としての責任が彼を変えてしまったのだろうか?

「知るのが悪いとは言わない……。
だが、知ることすべてが、良い結果とは限らないんだぞ。いずれは、知らなければ良かったと思う日が来る」
 全てが良い結果ばかりじゃないことくらい、私だって分かっているつもりだ。

「たとえ、それが悪い結果だとしても、知らないでいるよりもずっとマシよ!」
 知らなかったことだからと言って、責任がないわけじゃない。
 知らなかったことが原因で、人を傷つけることだってある。
 そうなる前に、私は知りたい……。

「俺が聞くなと言ってもか……?」
 ディオスは、クイッと親指で顎を持ち上げる。
仰ぎ見る私の視線と 上から見下ろすディオスの視線……。
二つが絡み合い、無言の睨み合いが続く。

「それでも…よ……」
 苦々しく息を吐いて、振り絞り言い放つ。
「く…くくくくっ……」
「……!?」
 急に視線が外れ、ディオスが笑い始める。
 これはどういうことなの?

「本当に、お前は変わらないな」
「な、なんなのよ…急に……」
 さっきまで怒っていたと思えば、急に笑いだしたりして、彼の行動は全くもって不可解だ。

「お前は、俺が不機嫌だった理由……本気で知りたいのか?」
 彼は挑発的に片眉を吊り上げ、試すような口調で尋ねてくる。
「あ、当たり前でしょ!」
「では、教えてやろう……」
 吐息が触れるほど近い、耳元にそっと囁く。

 俺が不機嫌だったのは…………

「な、な、な……っ!!!」

 私は顔を真っ赤にさせ、飛び退くように彼から離れた。
 だ、だって……まさか……そんな理由……

 『俺はただ、ムカついていただけだ……。
 お前が他の男にへらへらと愛想を振りまいていることに……。
 愛想ぶるのも、触らせるのも、俺だけにしろ。
 そうでなければ、嫉妬で他の王子に斬りかかっても知らんな。
 ……それこそ、戦争だろうがな……ハハハ』

「そんなこと、出来るわけないでしょ!!」
「だから言ったろ……。知らないことが良い時もあると」

 だが、知ったからには、きっちり責任取ってもらうから
 ……逃げるな……

 私の知らない顔で、彼は挑発的に微笑んでいた。

おわり。

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