それは、王宮に新しい騎士団長が挨拶に来た時のこと。
想像していたよりもずっと年若く、氷のような美貌の騎士団長に、私はしばらく目を奪われていた。
「姫様!……挨拶、挨拶!!」
付き人に小声で催促され、ハッと我に返る。
「ア…ミュリア王国……第一王女、カロリアです……」
自分でも違和感を感じてしまうほどのたどたどしい口調に、変に思われなかったか。
「この度、新しく騎士団長に任命されました……ハミルです」
なんの感情も籠もらない声……。
その瞳が真っ直ぐに私の方へと向けられていることに気付き、思わず息を呑んだ。
どうしてだろう……。
いつも、こんなに緊張することなんかないのに、 数分にも満たないその謁見が、やけに長く感じてしまう。
彼がマントを翻してその場を去った時には、ホッと息を吐いてしまった。
「さすがにあれは、まずかったかな?」
夜風がまだ冷たい晩、私は中庭を歩いていた。
思い出されるのは昼間の謁見での出来事で、ハミルが去った後は全く上の空だったと言っても否定出来ない。
どうして彼のことがそんなに気になっているのか、自分でも良く分からなかった。
「!!!」
突然、目の前を大きな影が遮る。
「…………すまない、大丈夫か」
ぶつかられた反動で、後ろに倒れそうになるのを大きな手が助けてくれた。
「あ、ありがとう」
「お前は……」
お互い、相手の顔を見てハッとする。
だって、目の前の相手は、昼間に会ったばかりのハミルだったのだから。
「どうして一国の王女がここにいる」
私だと確認した途端、ハミルの表情が険しくなる。
一対一で顔を合わせた時の方が、多少なりともくだけた態度になるのが常だというのに、彼には例外らしい。
謁見の時以上の近寄りがたい威圧感と、冷たい視線に、逃げ出したい気持ちになる。
「ちょっと、散歩しようと思って……」
「こんな時間に、護衛もなしにか?」
どこか責めるような口調に、思わずムッとしてしまう。
「そうよ、悪い」
「……悪い?
そんなことも判断できないのか?」
明らかに馬鹿にしたように笑うハミルに、胸のムカムカは強くなる一方だ。
「ここは私の国の庭よ。
散歩するぐらい、一々、護衛なんていらない」
「護衛などいらないか……」
「……えっ…!!」
ギュッと後ろから抱きすくめられて、自分の身に何が起きたのか、理解するのに数秒の時間を要した。
な、なんでハミルが私のこと……。
後ろから伝わってくるぬくもりに、胸の鼓動が速まる。
「……どうした。
これくらい、1人でどうにでも出来るのだろ?」
「な……!」
笑いを含んだ彼の言葉に、驚いて彼の方を振り向いた。
もしかして私、彼に試されてる?
実際、いくら力を込めようが、もがいても、彼の拘束は揺るがなかった。
「は、放して……放してよ!」
「では、大人しく部屋に戻るか?」
「それは……いや……」
この場においても、なおも素直に頷かない私に、ハミルもその冷徹な表情を曇らせる。
「強情だな……」
「え、ちょ、ちょっと……きゃっ!!」
まるで荷物を抱え上げるように、ハミルは私を肩に担ぎ上げると、そのまま有無を言わさず歩きだしてしまう。
「下ろして!下ろしてってば!!」
ジタバタと暴れる私に、ハミルはちょっとだけ私を見る。
「……じゃあ、大人しく戻るか?」
「戻る、戻るから!」
とうとう観念した私に、ハミルはすんなりと地面に下ろしてくれた。
その時、私を見て、彼が微かに笑っているように見えたのは、錯覚だったのだろうか?
まばたきをした瞬間に、やっぱりいつものとり澄ました彼に戻っていたから。
おわり。
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