賑やかな城下町……。
けっして治安が良いとはお世辞にもいえないこの国で、ここだけは他の国にひけを取らないくらい活気がある。
「お嬢ちゃん!ちょっと見ておいでよ」
元気なおばちゃんの声に、また今度と、軽く手を横に振る。
……ドンッ!!
ちょっと目を離した隙だった。
大柄の男が私にぶつかって来たのは。
「おい!気をつけろ!!」
男は大声で怒鳴り付けると、そのまま通り過ぎようとする。
ぶつかって来たのは、そっちなのに……!
「ちょっと……」
私が止めようとするのを無視して、男は人ごみの中へと消えようとしていた。
「くっ……痛、痛ぁたたた!!!」
男は突然、人ごみの中から腕を掴まれ、呻き声を上げる。
一斉に周囲の目が、騒ぎの中心に集まった。
「くそ……離せぇ!!」
「離せねぇな……。
そりゃ、盗ったもんをそいつに返してからだろうが」
男の腕を縛り上げている彼が、何を言っているのか理解が出来なかった。
彼が男の懐から取り出したものを目にするまでは……。
「あぁ……!!?……私の財布!」
もしかして、さっきぶつかった瞬間に!?
フェインは取り押さえた男を役人に引渡し、なにやら指示した後、ゆっくり私の方へと寄る。
「なにやってんだかねぇ……このお姫様は」
フェインが上から覗き込み、見下ろされた私はどうにも居心地が悪い。
なんとなく彼が怒ってるような気がして、益々顔を上げられなくなる。
「ほら、確かに返したぜ」
「あ、ありがとう……」
ポンッと掌に財布を乗せられて、私は小声でお礼を言った。
「あぁ?聞こえねぇな、そんなんじゃ」
きっと聞こえてるはずなのに、フェインは背を屈めて顔を近寄せる。
「だから…その……ありがとうって、言っているでしょ!!」
私はやけっぱち気味に叫んだ。
「なんだ……姫さんでも、ちゃんとお礼が言えるんだな」
初めて知ったとでも言うように、わざとらしく驚いてみせるフェインに、フルフルと拳が震える。
どうしてこの男は、私のしゃくに障るような言い方ばかりするのよ!
「人が素直にお礼を言っているのに、おちょくるのも大概にしなさいよね!
大体、王子がこんなところにいていいの!?」
「そりゃあ、お前も一緒だろうが」
「うぅ……」
護衛も付けず、こっそり城を抜け出して来た手前、そこを突かれると言い返す言葉がない。
今頃、ロイズが沸々と冷静な仮面の下で怒りを募らせているのが目に浮かぶ。
「お前、そんなに俺に会いたかったのか?」
「はぁ!?」
突然、突拍子もないことを尋ねるフェインに、私は思わず口を大きく開いた。
「でなけりゃ、こんな危険な場所、わざわざ1人で来ねぇだろうが」
「危険って、こんなに活気のあるところなのに?」
盗賊や猛獣の出る裏通りや森は避けて来たし、それに比べてここは安全じゃないの?
「だから姫さんは、世間知らずだって言ってんだ。
こんな人通りが多い場所だからこそ、あんたみたいに綺麗な服を着て、ボーっとしてんのは、恰好の獲物だってのが分かんないのか?」
「だれが、ボーっとして……!」
抗議の言葉を続けようとして、思わず言葉に詰まった。
私を見つめるフェインの目が、真っ直ぐ私を捕らえていたから……。
「連絡を受けて駆けつけてみりゃ、この始末……。
だからあんたからは、目が離せないんだ」
連絡を受けたってことは、私が城を抜け出してここにいるということは、すでにバレバレだったらしい。
もしかして、それで私を捜しに、ここまで出向いてくれたの?
「その…悪かったわね……迷惑かけて」
格好がつかない私は、ちょっとだけ視線を反らしたままフェインに謝った。
忙しい中、私を捜し回ったりと、迷惑かけたのは間違いないのだから。
「まぁ……。
俺としても、あんたが元気に跳ね回るのを見るのは嫌いじゃない。けどな……」
すぐ息が届くんじゃないかと感じるほど近くに、フェインの顔がアップになって、ドキリとする。
彼の、いつにない真剣な顔が間近に迫って……。
「俺がいないとこで、無茶すんな……。
すぐに助けてやれないだろうが」
「……!!」
な、なんで私、こんなにも緊張してるんだろ。
相手は、フェインなのよ……。
「今度は、ちゃんと連絡入れて来い!
出来ねぇんなら、今度は俺の側から、一歩も離れられないようにオリに閉じ込めちまうぜ」
どこまで本気か分からない意地悪気な微笑みを携え、やっとフェインは私から離れてくれた。
胸がまだ、ドキドキする……。
彼が離れた後も、胸の高まりはそう簡単に静まりそうになかった。
おわり。
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